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ダンシング・ヒーローで再ブーム!荻野目洋子さんってどんな人?

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近年、ファッションや音楽などの文化で80年代文化が再熱しています。2017年に注目された物の中の一つに、荻野目洋子さんの楽曲「ダンシング・ヒーロー」が挙げられます。
インターネット動画配信サイトから人気に火が付いたダンシング・ヒーローですが、若い方は「荻野目洋子さんって誰?」と思った方も少なくないのでしょうか。
今回は、再ブレイクで現在注目を集めている荻野目洋子さんについて、ご紹介します。

荻野目洋子さんのプロフィール

荻野目洋子さんは1968年12月10日、千葉県で産まれました。1979年に芸能界デビューを果たし、80年代中盤の音楽界を代表する一人となります。
荻野目洋子さんは当初アイドル歌手として人気を博し、1986年から1989年の4年間連続で日本レコード大賞の金賞を受賞しました。NHK紅白歌合戦にも計5回出場し、80年代の日本文化の中心的人物となります。
2001年には高校の同級生でプロテニス選手の辻野隆三さんと結婚、翌年には第1子となる女児を出産しました。2004年には次女を出産、2006年には三女を出産。結婚後は育児に専念し、メディアからしばらく離れていた時期があります。
三女出産の10年後、2016年には15年越しの結婚式を行い、人気歌手として一世を風靡しながら私生活に専念してきました。

再ブレイクのきっかけとなった「ダンシング・ヒーロー」

そんな荻野目洋子さんが再び注目されるようになったきっかけが、1985年発売の7thシングル「ダンシング・ヒーロー」です。
デビュー当初は大きなヒット曲には恵まれなかった荻野目洋子さんですが、ダンシング・ヒーローは初のオリコントップ10入りを果たします。これをきっかけに女優としても活躍、当時の払いティー番組やテレビCMにも多数起用されました。
ダンシング・ヒーローはユーロビート調の曲で、彼女の代名詞とされています。いわゆる「バブリー・ダンス」と評されるこの楽曲は、80年代独特の雰囲気を感じることができます。
そんな昔の曲が再ブレイクのきっかけとなったのは、動画配信サイト「YouTube」の投稿です。

YouTubeで爆発的人気

2017年、大阪府立登美丘高等学校ダンス部が、8月に行われた第10回に居本高校ダンス選手権で「ダンシング・ヒーロー」を取り入れたダンスを披露し、公式全国大会のビッグクラスで準優勝を果たします。
このダンスの動画がインターネット動画配信サイトYouTubeに投稿されると、爆発的な再生数を記録し、使用されていた楽曲の「ダンシング・ヒーロー」が注目を集めました。
荻野目洋子さん側はこれを受け、同曲のバージョン&リミックス収録のCDを発売。第59回日本レコード大賞で大阪府立登美丘高等学校ダンス部と共演し、メディアに注目されます。

インターネットが発達し、様々なサービスが普及した現代が生み出した再ブレイクと言えます。

ブレイクの前には積極的な活動

しかし、突如として再ブレイクとなった、というわけではありません。
新婚生活と育児に専念後、2005年にはコンピレーションアルバム「COVER LOVER vol.2 ~BOSSA de DISCO~」にゲスト出演、2006年にはカバーアルバム「VOICE NOVA」を発売。2010年には資生堂のCMで河合その子さん、伊藤つかささん、薬丸秀美さんと共演を果たしてします。
また、2013年末から2014年末には音楽番組に頻繁に出演するようになり、代表曲であり再ブレイクのきっかけとなった「ダンシング・ヒーロー」を各所で披露しています。番組出演後に反響を集め、音楽配信サイトで1位を記録するなど、少しずつ注目を集め続けてきました。
また、2014年にはデビュー30周年を迎え、本格的な活動を開始すると発表。アルバムリリースやライブ開催など、歌手として精力的に活動を続けていました。その活動が目にとまり、大阪府立登美丘高等学校ダンス部の楽曲使用に繋がったと考えられます。

2017年下半期を盛り上げた荻野目洋子さんの今後の活動に、注目が集まっています。

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