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「ハニカミ王子」で一世を風靡した石川遼選手の現在は?

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「ハニカミ」王子という言葉を聞いたことはあるでしょうか。

2007年の流行語大賞にも選ばれたこの言葉は、プロゴルファーの石川遼さんが由来です。
当時世間を一世風靡した石川遼さんですが、流行語大賞を受賞した以降はどのような活動を送ってきたのでしょうか。

最新の現在の状況と併せてご紹介します。

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石川遼さんのプロフィール

石川遼さんは1991年9月17日、埼玉県で誕生しました。
ゴルフを始めるきっかけとなったのが6歳の頃です。

父親に連れていかれたゴルフ練習場で、ゴルフと出会いのめり込んでいきます。

その才能は小さな頃からメキメキと頭角を現していきます。

2004年の全国小学校ゴルフ選手権横尾要カップで優勝し、翌年2005年には関東中学校選手権と全国中学校選手権大会の春季大会に優勝するなど、ゴルフ界のホープとされてきました。

幼い頃からゴルフに触れ、その才覚を現してきた石川遼さんは、その後も快進撃を見せます。

高校生になった2007年にはマンシングウェアオープンKSBカップにアマチュア枠で出場します。

この大会で、日本のプロゴルフ界において史上最年少優勝を達成します。
同年7月には世界ジュニア選手権に出場し、個人で23位という好成績を叩きだします。

翌月の8月17日、霞が関CCで行われた日本ジュニアゴルフ選手権では、大会史上最年少の15歳で初優勝を飾ります。

「ハニカミ王子」が大ブレイク

「ハニカミ王子」と名付けられたのは、日本プロゴルフ界で史上最年少優勝を達成した、マンシングウェアオープンKSBの優勝インタビューでのことです。
この時、大会はテレビ中継されており、石川遼さんは優勝インタビューを受けていました。

これを見た瀬戸内海放送の多賀公人アナウンサーが、石川遼さんのインタビューの様子を見て、ふと「ハニカミ王子」と呼びます。

これが、名付けとブレイクのきっかけでした。

2007年は石川遼さんの快進撃の年でもあり、活躍が大きくなるにつれこのネーミングも浸透し、多くのメディアに取りあげられることになります。
翌年の2008年にはプロに転向し、テレビ出演も多くなります。

石川遼さん目当てに男子ゴルフの中継を見る方が一気に増え、視聴率が大幅にアップするという現象が起こっていました。

その後の活躍は?

プロ転向後も、石川遼さんは多くの大会で優勝します。

しかし、一時期は予選落ちなどもあり、決して平坦な道のりではありませんでした。

プロ転向後の2009年4月9日、石川遼さんはマスターズ・トーナメントに出場します。
元々、石川遼さんに種々条件はありませんでしたが、17歳時の日本ツアーでの活躍が認められ、特別に招待されます。

また、この出場は市場2番目の最年少記録で、多くの期待を集めますが、結果は73位で予選落ちしてしまいました。
6月28日に行われたよみゆりCCで全英オープンへの出場権を獲得し、日本人では最年少の初出場を決めますが、こちらも予選落ちをしてしまいます。
一時期の快進撃のようにはいきませんが、予選落ちをした後は他の多くの大会で優勝、最年少記録などを築き上げていきます。

また、ゴルフ以外でも大きな活躍があります。それが、2011年3月11日に発生した東日本大震災への寄付です。
3月30日、石川遼さんは2011年度の国内ツアーとメジャー大会での獲得賞金全額を寄付し、大会でバーディーを一つ取る度に10万円をプラスしていくことを決めます。
この行為は国内外で大きな反響を呼び、イギリスの大衆新聞紙「タイムズ」では「本物の一流の人物」とされ、大きく取り上げられました。

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石川遼さんの現在

その後も多くの大会に参加し、プロゴルファーとしての人生を歩み続けている石川遼さんですが、2018年1月5日、日本ゴルフツアー機構の最年少選手会長に選ばれました。
この時26歳の石川遼さんは、「日本のゴルフ界発展のために全力を尽くしていきたい」とコメント。

数々の記録を打ち出してきた石川遼さんの今後の活躍に、更に期待が集まります。

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